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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5002号 判決 1963年4月26日

判   決

東京都新宿区戸塚町一丁目五三二番地

原告

小林貞次

右訴訟代理人弁護士

鈴木秀雄

右訴訟復代理人弁護士

松家里明

同都中野区江古田三丁目一二六三番地

被告

田中嘉六

右訴訟代理人弁護士

風早八十二

右当事者間の損害賠償請求事件についてつぎのとおり判決する。

主文

1  被告は、原告に対し二四五、八一八円およびこれに対する昭和三六年七月八日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1被告は、原告に対し金五〇〇、四三六円およびこれに対する昭和三六年七月八日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の金員を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、昭和三四年一〇月二八日午後六時一〇分頃東京都新宿区戸塚町一丁目五三九番地先の三叉路交叉点いわゆるグランド坂上において北から南に向つて横断歩行中戸塚二丁目方面から馬場下方面に向つて進行してきた被告運転にかかる被告所有のダツトサン57年式小型乗用自動車(五―せ―八八四〇号)に衝突し、後頭部打撲の傷害をうけた。

二、しかして (一) 右傷害を治癒するため、原告は、つぎのとおり金銭の出費を余儀なくされ、同額の損害をうけた。

(1)  本庄医院(新宿区戸塚町一丁目四一〇番地医師本庄保)における治療費 四、一五九円

(2)  昭和三四年一一月九日から同月二八日まで東京厚生年金病院(新宿区津久戸町二三番地)における入院治療費 二八、七八九円

(3)  治療中附添婦給料等 一二、九七〇円

(4)  昭和三五年二月から同年十二月まで治療のため大塚第一診療所(豊島区巣鴨七の一八七五)に通つた交通費 六、八五〇円

(5)  昭和三五年秋頃以来昭和三七年七月まで代田文誌診療所(東京大学前新星学寮における出張灸治療)における治療費)および受診のための交通費 一五、三一〇円

(6)  東京厚生年金病院入院等について要した交通および通信費 三、七五八円

(7)  自己購入薬品代金一六、三〇〇円

(8)  療養用品購入代金一二、三〇〇円

合 計 一〇〇、四三六円

(二) 更に原告は、新聞記者としてニユースの取材、報道、解説等のため昼夜を分たぬ活動、研究をし、頭脳労働に従事する者であるが、本件事故による後遺症として現在なお頭痛、鼻血の出血、不眠等の脳圧昂進症状があるため事故前のような活動を当分の間望めない状態にある。これによつて原告が受けた精神上肉体上の苦痛は甚だ大きく、これを慰藉料として金銭をもつて見積るときは百万円を下らないものというべきである。

三、よつて、原告は被告に対し前記損害金一〇〇、四三六円と慰藉料のうち四〇万円との合計五〇〇、四三六円およびこれに対する本件訴状送達の後である昭和三六年七月八日以降右完済にいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだしだいである。

四、本件事故が被告の責任でなく、原告の過失によるものである旨の被告の主張は否認する。本件衝突は、原告の進行方向の信号が青となつたので横断を開始した後の出来ごとであつて、そこには道路歩行者としてなんらの過失もない。被告は、信号待ちしている多くの車を一気に追抜こうとして相当な高速度で現場に進行してきたが、ブレーキがあまく、且つ高速度であつたため直ちに停車することができず、横断中の歩行者につき込んだものと推測されるのである。本件事故発生の原因は被告の過失以外のなにものでもない。

被告訴訟代理人は、「1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

一、請求原因第一項は認める。同第二項は知らない。同第三項は認める。

二、本件事故は、不可抗的な被告自動車のブレーキの故障に起因して生じたものであつて、被告には責任がない。すなわち、被告は本件自動車を他に売却することとしたので、その前に整備を施すべく、新宿駅西口の新宿自動車修理工場に依頼してブレーキの修理、エンジンの調整等を終えた後、買受希望者(文京区在住)のところに向う途中で本件事故が起きたのである。新宿駅西口から事故現場まで数回停止線を無事に通過してここにきてのことであるから、被告にとつては不可抗力の故障という外はない。しかも、被告は、事故現場に臨んで通常人に期待しうる以上の措置をとつて事故の回避につとめたのである。非難さるべきなんらの事由もない。むしろ、原告にこそ重大な過失があつて本件事故を招いたというべきである。すなわち、被告は、本件事故のあつた交叉点の被告の進行方向の信号が赤信号に変つたのを遠くから認めたのでブレーキをかけた。しかるに、ブレーキはそれまで異状がなかつたにもかかわらず、一向にきかず、急いで手動のサイド、ブレーキを引いたがこれまた大してきかず、ズルズル緩漫に速度を落しながらも止まらないので、被告は、一方でクラクシヨンを鳴らして前方の車や人に注意を促し、他方で前の自動車との衝突をさけるため右にハンドルを切つたので、自動車は停止線の方に進んで行つたが、停止線近くでは殆ど停止に近い状態であつた。クラクシヨンの音で横断中の歩道を下つて道をあけた女性二人があつたが、この間からうつむき加減に鞄を脇の下に抱えて出てきた原告の右横尻に被告の自動車の左のヘツドライトが接触したのである。被告の過失というよりは、原告の過失というべきである。

(立証関係)≪省略≫

理由

一、請求原因第一項(事故の発生および被告の負傷)の事実は当事者間に争がない。

二、しかして (一)(証拠―省略)を合せ考えれば、原告は右負傷の治療のためつぎのとおり金銭の出費をし、出費額相当の損害をうけたことを認めることができる。

(1)  昭和三四年一〇月二八日以降同年一一月八日まで本庄医院における診療費 四、一五九円

(2)  昭和三四年一一月九日以降同月二八日まで東京厚生年金病院における治療費 二八、七八九円

(3)  治療中(昭和三四年一〇月二八日から同年一一月一〇日まで、同年一一月二七日から同年一二月三日まで)雇い入れた附添婦の給料等 一二、九七〇円

合 計 四五、八一八円

右のとおり認定することができるのであつて、右の外原告は請求原因第二項(一)(4)ないし(9)の各出費をしたことを主張し、この点について縷々供述しているけれども、この供述によつてはそうしたことのアウトラインをつかむことができるだけで的確に金額を認定することは訴訟のうえではとうてい不可能という外ないから、ことがらの性質上後記慰藉料額算定の場合に斟酌することとし、ここには損害額の認定をしないこととする。

(二) 慰藉料額について考えるに、後記認定の本件事故の原因たる事実と原告本人供述によつて認めることができる1、本件負傷によつて治療等のため原告がその日常の生活、新聞記者としての職業的活動に少からぬ障碍をうけたこと、2、今日なお頭痛等をおぼえ、気分的にすつきりしないので不安な気持を抱きながら鍼灸等の治療を施していること、3、前段認定の損害の外にも若干の出費を余儀なくされながら、その支出額の立証を果しえない苦境にあること等を斟酌するときは、原告が本件事故によつてうけた精神的、肉体的苦痛に対し被告が支払うべき慰藉料の額はこれを金二〇万円をもつて相当と考える。

三、被告は、第一項の認定で明かなように、その所有にかかる本件自動車を自己のために自ら運行し、その運行によつて原告の身体に傷害を加えたものであるから、まさに自動車損害賠償保障法三条本文の規定によつて前認定の損害を賠償する責に任ずべきものであり、したがつて、同条但書の規定による免責事由のすべてを主張立証しなければその責を免れえないこと明かであるところ、被告はその免責事由の主張をしているものと認められるから、按ずるに、証人(省略)の証言および原告の供述によれば、本件現場は、東京都新宿区戸塚一丁目五三九番地の通称グランド坂上といわれる三叉路交叉点の書店大観堂の前であるが、原告は所在の自動信号が青色となるにしたがつて、一般歩行者と共に北から南に横断歩道をわたろうとしてその途中でこの事故に遭つたものであることを認めることができ、被告の供述によれば、被告は事故当日本件自動車を運転して新宿駅西口近くにあつた新宿自動車整備工場を出発し、新宿駅南口陸橋を廻り、追分、三光町辻、西大久保ロータリーを経て戸塚通りに出、時速三〇粁ないし三五粁の速度で本件事故現場にさしかかつたのであつたが、既に交叉点の停止線に停車している多数の自動車の最後部から約三〇米位手前自動信号が赤であることを認めたので、直前の自動車の停車すると同時にブレーキを踏んだが止まらず、サイドブレーキを引いても十分にきかなかつたこと、そこで直前の自動車との追突をさけるためハンドルを右に切り、クラクシヨンを吹鳴したが、及ばずして、右のように横断中の原告に接触するにいたつたことを認めることができる。このように赤信号下の停止線で停止している多数の自動車の後方から一車のみが急に飛び出してくるというようなことは、その停止線の前を青信号に従つて横断する歩行者として全く予期しえないことであるから、この場合の衝突について原告に過失があつたとはとうてい認めることができない。その原因について、被告は、自己の無過失の外、修理したばかりで自動車の構造上の欠陥や機能障害がなかつた旨供述しているのであるが、右事実関係よりして被告が現場で事故を回避するために相互に努力し、注意を払つたことは認めうるとしても、本件自動車の運行について被告が全く無過失であつたとはいいがたく、かつ自動車のブレーキ障害がなかつたともとうてい認めることができない。また本件事故が第三者の過失によつて生じたと認むべき証拠も全く存在しない。したがつて、結局、被告は本件事故による原告の負傷に対して賠償の責を免れるをえないのである。

四、よつて、原告の請求は、前認定の損害金と慰藉料との合計金二四五、八一八円とこれに対する本件訴状送達の後である昭和三六年七月八日以降右支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるとして認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴九二条の規定を、仮執行の宣言について同一九六条一項の規定を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 小 川 善 吉

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